OUT SIDE SUBJECT

 

 

部屋を整理していると古い写真が数多く出てきた。

色あせた写真は、懐かしい思い出を蘇らせる。

 

 

 

 

 

1.白いカペラとサーフボード

 

 

スターターのキーをひねるとエンジンが小気味よく咳をした。

今日も何とか走ってくれそうだ。

 

フロントガラス越しに見える空はまだ暗く、星も出ている。

僕はアイドリングの状態で、煙草に火をつけた。

 

僕の白いカペラはマフラーを針金で吊るし、クラッチオイルが漏れていた。

車全体がきしみを上げて泣き出しそうなポンコツ。

煙草をもみ消して、車が本当に泣き出す前に出発することにした。

 

相当なポンコツ車であったが、もらい物であるから文句は言えない。

車検も半年ほど残っていた。

海まで走ってくれればそれでいい。

こんな時間帯ならHが住む永福町までは、15分もあれば着く。

 

僕は一速、二速とギアの入りを丁重に確認しながら、家を後にした。

注ぎ足すクラッチオイルを助手席下に転がしてある。

 

僕が2ヶ月程地方アルバイトに行っている間に、Hはサーフボード

とウエットスーツを渋谷の「みどり屋」でローン購入していた。

 

「ソラ、仕事はどうだった!」

そんな電話がかかってきたのは、帰った日の晩の事だった。

 

「俺、ソラの帰りが待ちきれず板とウエット買っちまったよ。」とH

 

僕は驚いた。Hが板とウエットを買った事にではなく、みどり屋でサーフ用具が売られている事にだった。

 

それは、サーフィンブームの始まりでもあった。

 

「ところで、いくつのサイズで、どこのメーカーの板買ったんだよ。」と聞いてみた。

 

「分かんねーよ、店員もサーフィンなんかやった事ねーんだからさ。たまたまみどり屋に行ったら売ってたんよ。

まとまった現金なんか無いしさー、お前のアドバイスが欲しかったんだけど、月賦で買えるし、

何しろよーサーフボードが俺に向かってウインクしたんだから買うっきゃないだろー。」

 

僕は地方アルバイトから帰ったばかりで疲れていたが、Hの気持ちを考えて言葉にした。

 

「車の調子にもよるけど、明日海に行ってみるか?」

 

「おー、本当か!嬉しいなー、寝ないで待ってるよ。」

 

僕は信号で止まる度に、クラッチを何度も踏みつけ漏れるオイルのエアー抜きをしながら甲州街道を走った。

レバーを回して窓を少し開けると、湿った都会の風が流れ込んでくる。Hの家の前に車を乗りつけ、小さくク

ラクションを鳴らした。

 

ライトニングボルトを真似たマークに、ロッカーのあまりない板を小脇に抱えて、Hが飛び出してきた。

 

そして、つまずき大きく転んだ。

 

サーフボードは大きな音を立てて転がり、僕の車の脇で止まった。

 

Hがゆっくり立ち上がり、服の埃を払いながらやって来て傷だらけになった板を見つめて言った。

 

「傷ついてる方が上手そうに見えるよな。新品は素人っぽくていけねーや。」

 

確かにそんな時代だった。

 

1976年はそんな時代。

 

 

僕はそっと自分の車に囁いた。

「あのサーフボードより、お前の方がまだマシだぜ。」